ポスティングの信用性
アカゲザルで実験しても、やはりエサをかえりみずに自己刺激を続けて飢餓に陥る。
1970年代末、N大学の神経科学者A・Uが発表したこの報告は、心理学や脳生理学に関心をもつ人たちにはよく知られている。 では、いったいこれは何を意味するのか。
脳システムがはなから破綻していることを物語るのではないか。 いや、「ないか」などと疑問形で記すことはない。
私は哨乳動物の脳は欠陥品だと考えている。 しかもヒトの脳は究極の欠陥品であり、だからこそ文明を生み出すことができ、その文明は環境破壊的にしか存立しえない、とも考える。
神をも畏れず、それをこれから論証しようというわけである。 環境破壊が、まさに文明の問題として出来していることには異論はあるまい。
だから環境保全を論ずるときにまず問うべきは文明のありようである。 一方、脳は受容した情報の中央処理装置であり、各器官に対する中央指令装置でもある。
したがって、脳を形成した動物の行動系を解読するには、脳システムの理解が不可欠である。 頭デッカチの生物種であるヒトの場合、思考系もまた脳システムに依存することは言うまでもない。
文明を考えるのに脳システムからアプローチするのは、だから当然のコースなのだ。 脳に〈快感〉系が存在することは、ラウテンバーグの師J・Oが若き院生時代の53年に、P・Mとともに偶然に発見していた。
彼らは、中脳の網様体と呼ばれる部位が覚醒と睡眠を制御しているという、前年に発表された学説の追試をするつもりで実験に取り組んだ。 ラットを四角い箱に入れて自由に行動させ、一定の隅にくるたびに弱い電流を流して脳を刺激してやると、電極を外したあとも何度もその隅に一戻ってくることに気づいた。
実はこのとき、電極は追試の目的とする覚醒中枢より4ミリほどずれた部位に植え込まれていたのである。 彼らは、脳の特定の部位に加えられる刺激がラットに快感を与えるのではないかと考え、翌54年、ラットが自分でペダルを押すと0.5秒間、電気刺激が得られるような装置(スキナー箱)で実験をくりかえし、一時間に数千回も自己刺激(ペダル押し)を起こさせる脳の部位があることを確認した。
当初、Oはこの部位を快感中枢と呼んだ。 だが、快感という言葉が擬人的であり、自己刺激を起こさせる部位が中枢というにはかなり広いというので、この表現をすぐにやめてしまった。
以来、アカデミズムの世界では快感ではなく報酬という言葉が使われている。 しかし、この実験が意味するところを考えると、オールズの判断は早まっていたと思う。
報酬とは、ここでは心理学的な概念である。 例えばクマに芸を仕込むとき、うまくできたら角砂糖を与え、どうすれば好物にありつけるかをわからせると速やかに芸を学ぶ。
このような場合、角砂糖を報酬と称する。 空腹の実験動物では、たいていエサが報酬である。
ところが、このラットやアカゲザルは、報酬であるはずのエサを無視して脳への電気刺激を求めた。 ならば電気刺激のほうは「超報酬」であろう。
これもまた報酬と呼んでしまえば両者の差が消えてしまうではないか。 擬人的であろうとなかろうと、生存のために絶対に必要なエサを上回るものを快感と表現したのは卓見だったと思うのだ。
ゆえに本書では以後、快感系という言葉を用いる。 オールズや関心を抱く研究者たちが、自己刺激を起こす部位をもっと正確に特定しようと努めているころ、スウェーデンの学者たちが、生体組織内にあるカテコールアミンを蛍光を発する物質に変えて顕微鏡下で見る方法を開発した。
開発者名をとってファルク・ヒラープ法と呼ばれるこの組織蛍光法が洗練される過程で、哨乳動物の脳幹には同種のニューロン(神経細胞)の細胞体が多数密集する神経核が、左右対称に二列ずつ並んでいることが発見され、外側をA系列、内側をB系列として下位から順番に1,2,3、とナンバーをふって呼ばれることになった。 その後、AB間にC系列が見つかり、A系列の7以下はノルアドレナリン、8以上はドーパミン、B系列はセロトニン、C系列はアドレナリンを神経伝達物質として用いるニューロン群であることが確認された。
残念なことに、オールズは76年に事故で死んでしまったが、弟子のラウテンバーグはこれらスウェーデンの研究成果を取り入れ、師のオールズが完全には特定できなかった快感系がA系列の下から十番目の神経核を起点に大脳のほうへ上行するニューロン群、AV神経の投射経路に沿っていることをほぼ確かめたのである。 ならば、快感系とは何かとか、神経伝達物質とはなんぞや、という問いが出てくるだろうな。
これに答えるのは結構面倒なので、「そんなことはもはや常識だぜ」と片づけてしまいたい気もするが、仕方がない。 脳システムの全体像から神経系の情報伝達の仕組みまで、大展望を試みることにしよう。
脳は脳を理解できるか、というすぐれて自己言及的な問いは、かつて自分の靴ひもを引っ張って自分の体を持ち上げられるかという問いにくらべられた。 要するにとてもできないというわけだ。
しかし近年の脳生理学や神経科学の目ざましい進展は、この二つの問いを同列に並べるのが適当でないことをどうやら明らかにしたようである。 実際、この四半世紀ほどのあいだに驚くべき事実が次々に解明されてきた。
もっとも、認知、記憶、思考、言語など脳の高次機能を解き明かすには、まだはるかな距離があるし、精神(ないし心、あるいは魂)が脳から生まれるという点にはまず異論はないが、それが物質の問題として解けるかどうかは、最先端の脳科学者のあいだでも疑念がなくはない。 アメリカの科学ジャーナリスト、J・Dがいみじくも記すように、「脳について多くのことが明らかになるにつれ、脳のことは少ししかわからなくなる」。
この厄介な脳の大まかな全体像に迫るためには、発生史的なアプローチ、すなわち、系統発生的にも個体発生的にも「脳は神経の末梢として出現する」という視点が有効だと思う。 この地球には約305億年まえ、単細胞の原核生物として生命が誕生した。
そして十数億年まえ、単細胞真核生物のあるものが多細胞の植物や動物に進化する。 単細胞時代からの相違を引き継いで、植物と動物では生命の戦略が違った。
植物は太陽エネルギーを獲得できる光合成細菌を葉緑体として体内に寄生させていたため、座して食う道を選んだ。 他方、太陽エネルギーを直接利用できない動物は、エネルギー源となる有機物を動いて獲得しなければならない。
で、動くために必要になったのが、筋肉とそれを動かす情報伝達系の神経である。 無髄神経のニューロン群である神経は、生命維持に必要な機能を調節する脳幹の上部、腹側被蓋野を起点とし、摂食・飲水・性行動や情動行動を誘発・抑制、かつ生体の恒常性を保つ機能を保つ視床下部を通り、大脳辺縁系、大脳皮質に投射する。
動物の体組織が複雑になるにつれ、神経系もしだいに精綴になる。 神経‐筋の連絡だけでなく神経‐神経の連絡も加えて筋肉群を制御すれば、より複雑な動きも可能になる。
そこで、進化のステップでいえば軟体動物のあたりから、体内の要所要所に神経が多数集まった神経節が形成される。 これが原初の脳、分散したリトルブレインだ。
このへんに進化の大分岐点があった。
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1970年代末、N大学の神経科学者A・Uが発表したこの報告は、心理学や脳生理学に関心をもつ人たちにはよく知られている。 では、いったいこれは何を意味するのか。
脳システムがはなから破綻していることを物語るのではないか。 いや、「ないか」などと疑問形で記すことはない。
私は哨乳動物の脳は欠陥品だと考えている。 しかもヒトの脳は究極の欠陥品であり、だからこそ文明を生み出すことができ、その文明は環境破壊的にしか存立しえない、とも考える。
神をも畏れず、それをこれから論証しようというわけである。 環境破壊が、まさに文明の問題として出来していることには異論はあるまい。
だから環境保全を論ずるときにまず問うべきは文明のありようである。 一方、脳は受容した情報の中央処理装置であり、各器官に対する中央指令装置でもある。
したがって、脳を形成した動物の行動系を解読するには、脳システムの理解が不可欠である。 頭デッカチの生物種であるヒトの場合、思考系もまた脳システムに依存することは言うまでもない。
文明を考えるのに脳システムからアプローチするのは、だから当然のコースなのだ。 脳に〈快感〉系が存在することは、ラウテンバーグの師J・Oが若き院生時代の53年に、P・Mとともに偶然に発見していた。
彼らは、中脳の網様体と呼ばれる部位が覚醒と睡眠を制御しているという、前年に発表された学説の追試をするつもりで実験に取り組んだ。 ラットを四角い箱に入れて自由に行動させ、一定の隅にくるたびに弱い電流を流して脳を刺激してやると、電極を外したあとも何度もその隅に一戻ってくることに気づいた。
実はこのとき、電極は追試の目的とする覚醒中枢より4ミリほどずれた部位に植え込まれていたのである。 彼らは、脳の特定の部位に加えられる刺激がラットに快感を与えるのではないかと考え、翌54年、ラットが自分でペダルを押すと0.5秒間、電気刺激が得られるような装置(スキナー箱)で実験をくりかえし、一時間に数千回も自己刺激(ペダル押し)を起こさせる脳の部位があることを確認した。
当初、Oはこの部位を快感中枢と呼んだ。 だが、快感という言葉が擬人的であり、自己刺激を起こさせる部位が中枢というにはかなり広いというので、この表現をすぐにやめてしまった。
以来、アカデミズムの世界では快感ではなく報酬という言葉が使われている。 しかし、この実験が意味するところを考えると、オールズの判断は早まっていたと思う。
報酬とは、ここでは心理学的な概念である。 例えばクマに芸を仕込むとき、うまくできたら角砂糖を与え、どうすれば好物にありつけるかをわからせると速やかに芸を学ぶ。
このような場合、角砂糖を報酬と称する。 空腹の実験動物では、たいていエサが報酬である。
ところが、このラットやアカゲザルは、報酬であるはずのエサを無視して脳への電気刺激を求めた。 ならば電気刺激のほうは「超報酬」であろう。
これもまた報酬と呼んでしまえば両者の差が消えてしまうではないか。 擬人的であろうとなかろうと、生存のために絶対に必要なエサを上回るものを快感と表現したのは卓見だったと思うのだ。
ゆえに本書では以後、快感系という言葉を用いる。 オールズや関心を抱く研究者たちが、自己刺激を起こす部位をもっと正確に特定しようと努めているころ、スウェーデンの学者たちが、生体組織内にあるカテコールアミンを蛍光を発する物質に変えて顕微鏡下で見る方法を開発した。
開発者名をとってファルク・ヒラープ法と呼ばれるこの組織蛍光法が洗練される過程で、哨乳動物の脳幹には同種のニューロン(神経細胞)の細胞体が多数密集する神経核が、左右対称に二列ずつ並んでいることが発見され、外側をA系列、内側をB系列として下位から順番に1,2,3、とナンバーをふって呼ばれることになった。 その後、AB間にC系列が見つかり、A系列の7以下はノルアドレナリン、8以上はドーパミン、B系列はセロトニン、C系列はアドレナリンを神経伝達物質として用いるニューロン群であることが確認された。
残念なことに、オールズは76年に事故で死んでしまったが、弟子のラウテンバーグはこれらスウェーデンの研究成果を取り入れ、師のオールズが完全には特定できなかった快感系がA系列の下から十番目の神経核を起点に大脳のほうへ上行するニューロン群、AV神経の投射経路に沿っていることをほぼ確かめたのである。 ならば、快感系とは何かとか、神経伝達物質とはなんぞや、という問いが出てくるだろうな。
これに答えるのは結構面倒なので、「そんなことはもはや常識だぜ」と片づけてしまいたい気もするが、仕方がない。 脳システムの全体像から神経系の情報伝達の仕組みまで、大展望を試みることにしよう。
脳は脳を理解できるか、というすぐれて自己言及的な問いは、かつて自分の靴ひもを引っ張って自分の体を持ち上げられるかという問いにくらべられた。 要するにとてもできないというわけだ。
しかし近年の脳生理学や神経科学の目ざましい進展は、この二つの問いを同列に並べるのが適当でないことをどうやら明らかにしたようである。 実際、この四半世紀ほどのあいだに驚くべき事実が次々に解明されてきた。
もっとも、認知、記憶、思考、言語など脳の高次機能を解き明かすには、まだはるかな距離があるし、精神(ないし心、あるいは魂)が脳から生まれるという点にはまず異論はないが、それが物質の問題として解けるかどうかは、最先端の脳科学者のあいだでも疑念がなくはない。 アメリカの科学ジャーナリスト、J・Dがいみじくも記すように、「脳について多くのことが明らかになるにつれ、脳のことは少ししかわからなくなる」。
この厄介な脳の大まかな全体像に迫るためには、発生史的なアプローチ、すなわち、系統発生的にも個体発生的にも「脳は神経の末梢として出現する」という視点が有効だと思う。 この地球には約305億年まえ、単細胞の原核生物として生命が誕生した。
そして十数億年まえ、単細胞真核生物のあるものが多細胞の植物や動物に進化する。 単細胞時代からの相違を引き継いで、植物と動物では生命の戦略が違った。
植物は太陽エネルギーを獲得できる光合成細菌を葉緑体として体内に寄生させていたため、座して食う道を選んだ。 他方、太陽エネルギーを直接利用できない動物は、エネルギー源となる有機物を動いて獲得しなければならない。
で、動くために必要になったのが、筋肉とそれを動かす情報伝達系の神経である。 無髄神経のニューロン群である神経は、生命維持に必要な機能を調節する脳幹の上部、腹側被蓋野を起点とし、摂食・飲水・性行動や情動行動を誘発・抑制、かつ生体の恒常性を保つ機能を保つ視床下部を通り、大脳辺縁系、大脳皮質に投射する。
動物の体組織が複雑になるにつれ、神経系もしだいに精綴になる。 神経‐筋の連絡だけでなく神経‐神経の連絡も加えて筋肉群を制御すれば、より複雑な動きも可能になる。
そこで、進化のステップでいえば軟体動物のあたりから、体内の要所要所に神経が多数集まった神経節が形成される。 これが原初の脳、分散したリトルブレインだ。
このへんに進化の大分岐点があった。
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